転職に失敗した私が取った行動と、うつになる前に役立つ5つの方法3

あなたは、転職活動の結果、成功していますか?私は転職で見事に失敗した経験が有ります。我慢して働いていましたが、うつ病寸前に。危険を察知し、退職を決めました。本記事では私の転職失敗から退職に至るまでの体験記第三弾です。第一弾第二弾も合わせてご覧いただくと嬉しいです。

私がとった行動

うつ症状が進み、ついに我慢ができなくなった私。経営層の役員に「パワハラを受けている」と相談をすることにしました。入社したばかりの人間が、取るべき行動としては、拙速だということはわかっていました。私の立場は試用期間中。絶対避けるべき、という理性をよそに、私は社長を含め、「パワハラを受けている」ことを詳細にメールに書きました。

そして宛先に社長や経営陣全員のアドレスを入れました。ここまではできました。しかし、送信ボタンが押せません。なかなか押せない私は一呼吸置くため、下書きボックスに一時保管しました。

数時間寝かしたあと、ようやく決心した私は下書きボックスに保存したメールを一度読み返し、送信ボタンを押したのです。

その日はなにも起こりませんでした。多分なにも起こらないだろう。半分期待もありましたが、半分は諦めていました。しかし、数日後役員の一人からメールが来たのです。

「これまでの経緯を文書で提出するように」

この時、私は少し嬉しかったことを覚えています。自分が行動できた、という思いと、上司の行動を客観的に訴えるチャンスが来る。そう思いました。

私は詳細にメモを残していたので、記憶も交え、レポートを作成し、役員に提出しました。さらに数日後、その役員が時間を作ってくれました。朝の10時、自室に来るように、とのことでした。私はドキドキしながら役員室を訪問しました。

その場でのことは今でもはっきりとおぼえています。
部屋にはいると、役員が厳しい表情で座っていました。私は少し期待していました。役員は事実確認のもと、公平な判断を行おうとしている、そう思いました。

しかし、会話が進んでいくと、厳しい表情を崩さない役員は私に向かってこう言ったのです。

「レポートを読ませてもらいました。しかし、これはこういうことがあったんだね、ということでしかない。それ以上でも以下でもない。

あなたは今の自分が置かれた立場をわかっていますか?成果を出すことがあなたが今求められていること。◯◯君(私の上司)に聞いたらあなたは数時間でできることに何日もかけたり、成果がでていない。あなたにもとめているのはアウトプットです。

間接部門はアウトプットなんです!協力して部門をもりあげていかないといけないときにあなた達は何をやっているのか。これは会社の問題でもなければ、◯◯(私の上司)の問題でもない、お互いの問題です!」

ショックを受けました。少し期待もしていただけに。頭がビリビリとしびれる感覚がありました。確かに、言われたことは一理ありますが、そのような対応をされるとは夢にも思っていませんでした。

その小一時間の中で、私はほぼ退職を決意しました。というか、もうこの会社では無理かな、と悟りました。その日は愕然として過ごしました。

退職を決意したものの、退職届けを提出するのは、思いの外、ストレスのかかることです。決意したつもりでしたが、次の日にはなんとなく、会社に向かっていました。

それからどうなったか

それから、私は行う仕事が無くなりました。上司からはデータ入力などの簡単な仕事以外、来なくなりました。

役員からは上司にも厳しい追求があった様です。上司はあからさまに私を避けるようになり、おかしな指導はなくなりました。しかし、同時に、仕事も無くなりました。一日中、PCに向かってボーッとすることも多くなってきました。完全に転職は失敗したのです。このまま行くと、試用期間中で契約打ち切りも・・・などと過剰な心配をしてしまう始末です。

この時の私は頭の中で辞めたい、無理だ、辞めたい、無理だの堂々めぐり。思考が八方塞がりでした。

日曜の夜は最悪です。サザエさんが始まると死にたくなる、という人、いますね。私もその一人でした。

それから一ヶ月、毎日思い頭と体を引きずって会社に向かいますが、やることもあまりなく、PCの前でぼーっとして過ごし、定時になると退社する生活が続きました。

体がいうことを聞かなくなった

そして、ついに、ある月曜日の朝、いつものように重い頭と体を引きずって電車に乗り込みました。いつものように真っ白な頭で、仕事に向かう電車を待っていました。やがて電車が来ました。ホームに電車がはいり、扉があきました。

しかし、私は足を踏み出すことができなかったのです。そして、次の瞬間、私の体は会社と逆方向をむいたのです。これには本当に驚きました。心が体を制御した瞬間です。

家に向かう電車の中で、私は不思議と落ち着いていました。15年、サラリーマンをやってきて、こんなことは初めてです。今まで、どれだけ嫌なことがあってもぐっと我慢して来ました。しかし、今回の場合は本当に納得がいかないが、やるだけのことはやった。そう思いました。こちらの記事はこの一連の経緯で実際に私が行ったことを書いています。

後日、友人に相談すると、甘い。他責的だ。と言われました。事実、世の中にはもっとハードな環境下に耐えている方は沢山います。しかし、当時の私にとっては本当に辛く、このままつづけると本当のうつになってしまう、という確信めいたものが有りました。

私は自分を粘り強い性格だと思っています。失笑されるかもわかりませんが、毎日怒鳴られまくる経験もしています。しかし、耐えてこられました。それはなぜか。上司の根底に悪意を感じなかったからです。排除しようとする雰囲気はありませんでした。

しかし、今回は違いました。転職したばかりであり、試用期間。どのようなスキルがあり、成果を上げることができる人物なのか見極められているのです。駄目、という烙印を押されると排除の方向に持っていく雰囲気が有りました。転職して外から入ってくる人間なので、成果を上げない人間はそのような扱いを受けるのは当たり前なんですけどね。

実際、試用期間に成果を上げられず、契約社員のままである社員も沢山いました。場合によっては契約打ち切りを言い渡されるかも・・・という恐れもあり、何としてでも、このままこの会社を続ける!という気持ちが持てなくなったのです。

後悔はありませんでした。

まとめ

  • パワハラの記録を経営層に相談した結果、状況が悪化した
  • ある月曜日、体が意思とは反対の動きをして、会社を休むことに。

完全に転職に失敗した私。自分がうけた被害を訴えると、全くの逆効果でした。試用期間中の行動としては拙速です。しかし、訴えを後悔してはいません。このおかげで、経営層への違和感は決定的なものになったからです。この記事では書いていませんが、経営層の役員の一人は社員に退職勧奨を行ったり、面とむかって「お前は辞めろ」と怒鳴ったりする人物です。

パワハラやいじめもあちこちの部門で横行しています。いわゆるブラック企業だったのです。次の記事では退職までに私が行ったこと、あなたに役立つ方法を書いていきます。

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